桜井 由子

​オイルペイントは生クリームやチョコレートより簡単だ

ペ-タ-ロ-ダ-マイヤ-: あなたは彫刻家の娘であり、普通の家庭とは違って、芸術そのものや芸術的なものが話題になる家庭環境で育ったと思います。この社会的背景は、あなたの今日の芸術活動に重要な意味をもち続けていますか。

 
櫻井由子: はい、父からの強い影響が、いまだに私の中に存在しています。父は主として、人間の顔や裸体の彫刻を制作しています。父は、その作品の主題と関連する父の感情を、彫刻に表現します。その作品は温かく穏やかで、そして彼の手触りを残しています。子どものとき私は、父の彫刻、なかでも首(顔)の彫刻にいつも関心をもっていました。父は、顔の表情の中に個人としての性格を醸し出した人を、モデルに選びます。私の表現方法は父とはかなり違いますが、考え方や作品のもつ雰囲気は、それほど離れてはいません。私の作品も、父の作品同様、美しさを求めてはいません。私は、私自身に正直に向かい合い、そして私の感情を作品の中で表現したいと考えています。幼いころや、父のそばで成長していく段階では、私は父のコンセプトを理解していませんでしたが、自然に多くのことを学んでいきました。 父も母も芸術教育を受けており、私は父をア-ティストとして尊敬しています。母はア-ティストとしてではなく、家庭を支える道を選んだのですが、その選択を私はよく理解しています。そして私もア-トとは別の方向へと向かい、フランス菓子職人となりました。
 
P.L.: フランス菓子を作ることと、ペインティングの制作との類似点はありますか。

Y.S.: オイルペイントは、生クリ-ムやチョコレ-トより簡単だと思います。私は製菓職人として、刷毛やパレットナイフをよく使っていました。そのため、ペンインティングを学ぶことは、快適に感じられました。ケ-キもペインティングも共に手によって作られ、私の個性を表現します。そしてそれらは、最終的な結果に達するために、多くの工程を通らなければなりません。製菓業は、決して美しいだけの仕事ではなく、多大な肉体的エネルギーや忍耐力を必要とします。そこに今日の私の仕事と共通性があります。私が使っているペイントは、バタ-のような粘度を持ち合わせています。私にとって、素材や素材の持つ特性は、私の日常生活において重要な価値を持っています。私の使用する材料は、作品上に表れる視覚的意図だけを、目的として選んでいるのはなく、素材自体が私の作品の一部なのです。

 

P.L.:  なぜ、オイルペイントを扱うことは、生クリ-ムやチョコレ-トを扱うことより簡単なのですか。 
 

Y.S.:  たとえば泡立てた生クリ-ムの場合、混ぜすぎると硬くなりすぎ、そして非常に早く乾燥してしまいます。また、ゆっくり使用していると、生クリ-ム自体が変色してしまい、味も落ちてしまいます。チョコレ-トをケ-キのコ-ティングに使う場合は、適切な温度が必要です。注意して溶かさないと、チョコレ-トは油とカカオに分離してしまいます。そのため、私はいつもそれらを、とても有機的な素材と感じます。私が十分に注意しないならば、求めるものはできませんし、一度扱い方に失敗すると、やり直しが効かないのです。それに比べオイルペイントは、粘度を長く維持し、色彩を長期間保ちます。


P.L.:  あなたの作品では、技術としてのア-トと知識的あるいはコンセプト的要素との関連性を、どのように重要視していますか。
 
Y.S.:  私にとって、技術性とコンセプトは、両方とも作品において重要です。もし、私の技術が足りなければ、私が表現したいものに達することはできません。もし、作品において知識的要素が機能を果たさなければ、満足のいくものになりません。そのため、私は双方に注意を払わなければならないのです。そこで私は、技術性も知識的側面、コンセプト的側面の両方とも伸ばしていきたいと思い、そして双方を共に成長させたいと思います。

P.L.:  初めのころ私は、あなたの作品を「ペインティング」と呼んでいましたが、あなたは寧ろ「オブジェクト」と呼ぶことを望んでいるように思えます。それはなぜでしょうか。
 

Y.S.:  私の意図としては、ペインティング自体への探究心を何も持っていないからです。多様なテクスチャ-は、私の多様な感情の表現に他なりません。私は、分析的な試みや、素材を研究する意図をもっていないのです。作品の表面に描かれたものは、私の感情を表現する主な方法です。でも私が素材を扱う技術的方法は伝統的なペインティングの方法とは全く違うので、絵を描いているという感覚は一切ありません。実際のところ、それよりもオブジェクトを制作しているという感覚を強く持ちます。私は、色を付けられた表面だけではなく、全体的なオブジェクトを意識したいと考えています。オブジェクト自体が全体として主題を示しており、その主題と関連している私が表現されるのです。ですから材木、材木の切断方法、磨き、サイズ、色の選択など、すべてが重要な関係をもっています。
 
P.L.:  あなたの作品が、伝統的な意味でのペインティングでないことを、私はよく理解していますが、ペインティングの定義や、慣習的にペインティングとして行われてきたことは、過去数十年間に広がりを見せているので、あなたの作品もペインティングといえるのではないでしょうか。広がって来たのは、技術的なことやペイントの適用方法の問題だけではありません。
 

Y.S.:  ペインティングは、第一に視覚を働かせますが、私は見る側が私の作品に触れることも望んでいます。なぜなら、私は私の感情、感覚、そして思考を見る側と分かち合いたいからです。子どもの頃、父が「私の彫刻に触ってごらん。触れることによって、より多くのことを感じ、理解することができるよ。」と教えてくれました。その影響で、私は、見る側が私の作品を鑑賞する時、その人が作品に近寄り、詳細に注意深く見て、そして作品に触れることを嬉しく思います。好きなア-ト作品を見つけた時、私は作品に触れたいと感じます。私は、見る側との間に触覚的コンタクトを持ちたいと考えているのです。そこで、私の作品に触れたいという欲求を見る側に与える作品を制作したいのです。たとえば、カ-ル・アンドレの鉄製の床置きの作品の上を歩く時、私は、彼が何を伝えたいかを感じようとします。私は作品から発せられる音や、作品の感触を楽しむのです。将来、私は、木製のフリ-スタンドの作品を作りたいと思っています。

 
P.L.:  作品に触れるという表現は、実際に指で触れるということですか、それとも視覚による比喩的な意味合いでのことですか。 

 

 

 

 

Y.S.:  私は、私の作品と見る側との間に、実際の触覚的伝達による感覚の刺激が起こること望んでいます。それは身体の直接的接触を意味します。もし、見る側が私の作品に興味を持ち、それに触れるとき、彼らは私の作品に十分注意を注ぐでしょう。ですから私は、作品に触られるこを恐れません。逆に私は、観察者の指紋を見つけたいと思っています。
 
P.L.:  作品の表面に作り上げたテクスチャ-は、あなたの感情を表現する目的を持っていると、あなたは言っているが、私はそれ以上のものを含んでいると考えます。あなたは、柔軟な素材としてのオイルペイントを使って、非幻影的方法で適切にうまく表現しています。それらのテクスチャ-をどのように作り上げているのですか。例えば「Tsuyama -津山」という作品の土の固まりに似ているストラクチャ-(組成)はどうやって作ったのですか。
 

Y.S.:  私の感情を最大限に表現するために、素材自体の可能性を引き出して素材を使うことが、私のしている全てのことなのです。そこには、素材を探究するという意図はありませんが、さまざまな発見が、オイルペイントを使っていく中で生じます。私は、オイルペイントの中の古い乾燥した部分に目を向け、それを使用することによって、私が「Tsuyama」に抱く感情を表現するため必要な要素を、作品上に正確に制作できることを発見したのです。

 

P.L.:  疑いもなく、それらは注意深く、念入りに作り上げられた、繊細なストラクチャ-(組成)であり、作品に示された「表情」はあなたの作品を際立たせています。そこには、アジア的なもしくは日本人的

な繊細な感受性が示されているのでしょうか。「日本的繊細さ」の様なものは存在するのですか。 

 

Y.S.:  私たち日本人は、純粋さや静寂さを好み、そして努力や忍耐を表現すると思います。私たちは作品の中に情緒を現すことを好みますが、多くの努力はほとんど見えなくなります。多くの日本人は無宗教ですが、自然崇拝は風習として日本人の生活の中に残っています。そのため、私たちはモダン社会に住んでいますが、自然に関するさまざまな些細な面に気を配ります。私たちは実際の制作過程にたいへん注意し、その過程がうまく進行した時、結果は自然と現れるのだと考えます。私が持つ西洋のア-トのイメ-ジは、力強くて精力的です。私たち日本人は、穏健な表現の文化を持っています。全て見せるというより、一歩引く、という様な表現の仕方が日本人にとって自然なのです。日本は島国のため、他の国の文化を知ることへの多くの願望と夢を常に抱いています。しかし、私たちを取り巻く環境との関わり、特に自然との関わりを忘れたくないと、私たちは考えています。「日本的繊細さ」は、そこから来ていると私は思います。
 

P.L.:  しかしながら、あなたの作品は、西洋のア-ト環境の中で出現しました。あなたは、このような環境の中で、何から一番影響を受けましたか。
  
Y.S.:  私は、私の作品を西洋ア-トとは考えていません。描く際に、私は書道と似通った感覚をもつ時もありますが、私はオイルペイントを抽象的方法で扱っています。一人の人間として、日本人として、現在、私は主に西洋の環境で生活しており、その瞬間の私自身を、取り巻く環境の中でありのままに表現するのです。近年、私はア-ティストのアシスタントとして、ルネ・リ-トマイヤ-を初めとして、小河朋司、鈴木隆に携わりました。私は、彼らから多くの技術を学び、そして、彼らの問題点とも直面しました。彼らの問題点の答えを捜すために、私は時には積極的に影響を与えました。これらのア-ティストの作品に触れられたことは、私にとって大変特別なことで、それは私に多くのエネルギ-を与え、私自身の作品を制作したいという願望を与えることになりました。そして私はどのように私自身を表現したいかを理解したのです。まだ直接会ったことはありませんが、ロバ-ト・ライマンの作品も、私に影響を与えました。彼の素材の使い方、それらの素材の意識の仕方はもちろんのこと、素材に向ける思慮深さも好きです。彼の作品はシンプルなように見えるが、美しく、繊細で、そして温かみをもっています。彼のキャンバスの作品を初めて目の前にしたとき、私は強い感銘を受けました。それはとても率直な表現方法で、私は彼のテクスチャ-を感じ取ることができました。
 
P.L.:  あなたは主に、ヨ-ロッパとアメリカで生活しておられるのですが、最近の作品はあなたの母国、日本を題材にすることが多いようです。それはどのような理由からですか。「Tanbo」は、日本の田、を表しています。それは鮮やかな黄金色で、楽天的で親しみのある雰囲気を放っています。しかし、「Nihonkai」は、かなり質素な、もしくは地味なくすんだ色をしています。それはどのような理由からですか。

 

Y.S.:  「Nihonkai」は海で、日本と中国そして韓国との間にあります。日本海側は、太平洋側に比べて開発は遅れています。気候や自然環境も比較的厳しいのです。そこに住む人々の生活はあまり昔と変わっていません。そのため、昔からの伝統的な生活様式とモダンな生活様式とのバランスを保つのがたいへん難しくなっています。私は、日本海側で多くの素晴らしい美しい自然に出会いましたが、そこに住む人々は将来について慎重に考えずに、発展した都市に追いつこうとして、自然を破壊しています。私はそれを見て、とても悲しく胸が痛みました。「Tanbo」はそれとはまったく違います。それは盆地の中に位置し、山脈に囲まれています。そこには美しい四季があり、そして私の祖父母やその周りの人々から、自然との共存の仕方を学びました。そこは私の両親の故郷であり、私はそこで過ごすことが常に好きでした。私は東京で生まれ育ちましたが、津山は私の土台であり根であり、そして人間としての私の成長の大地なのです。
 

P.L.: あなたが、作品が指し示す場所で制作することはまれです。たいていの場合、あなたの作品は記憶からのものです。記憶とは、その人自身の過去に関与しています。すなわち、時の経過、自己経験、自己像に関与しています。

 あなたの「ペインティング - オブジェクト」は、見る側の記憶をも活性化しようとしているのですか。
  
Y.S.:  私にとって、作品に表現されている記憶は、過去の経験との結びつきを持ってはいますが、それは現在の私の中に存在するものです。それらは作品制作時の私の情緒の重要な部分であり、その題材に対する私の感情を創造するものなのです。可視的に表現された情緒は、私自身の個人的な感情にほかなりません。多くの場合、鑑賞者はその題材についての記憶を自分では持たないのですが、その時でさえ題材に対する感情を体験できれば、と願っています。私にとって、私自身の作品を鑑賞することは、私自身の感情を一層意識させるものなのですが、見る側は私の作品を見てもその人自身について多くを学ぶことはないでしょう。しかし、見る側は、私の心の底をのぞくことができるでしょう。